第四章 ここからジョグジャカルタ・・のはず

92,10,02

朝7時に起床、てきぱき仕度してロビーへ向かう。
「今日はジョグジャカルタに移動だ!」
すずはらが紛失したパーカーが、もしや忘れて去られていなかったかと、ロビーで尋ねたが、結局判らなかった。
「仕方がない、どっかで代わりの上着を探すよ」
朝のホテルのロビーは、チェックアウトするサラリーマンでいっぱいだった。サラリーマンの後ろに並んでチェックアウトすると、最初にデポジットとして預けたドルが、ルピアになってずいぶんたくさん戻ってきた。ディスカウントで20%引いてもらえているから、…126.000ルピア…約60ドル戻ってきました。やれやれ、助かった。このお金で、ジョグジャの宿賃が出るかもしれない。
タクシーで空港へむかう。ジャカルタの朝のラッシュは相変わらずで、市内を出るだけで三十分もかかってしまった。しかし、高速に入ると早い早い。乗った車がけっこう新車のいい奴だったからか、ものすごいスピードで飛ばす。最高時速は…と、メーターをちらりと見ると、車は148kmをキープしていた。
いよいよチェックインだ!はりきってカウンターに並び、チケットを見せる。ちゃんとリコンファームもしてあるし…。
「え、何?」
何か係員の態度が変だ。
「横に出ろって?どうして?」
私が英語を聞き取れずに、わたわたしていると、すずはらがいきなり理解した。
「え?これ、昨日のチケットだってー?」
「なんで、どうして!」
リコンファームして確認していたはずのチケットは、なんと昨日の便の物だ、と言う。
「でもでも、旅行会社が渡してくれた予定表には、確かに今日だって…」
「あーっ!」
「どうしたのっ!」
「チケットの数字、確かに01になってるー」
あのうっすらとしか字の見えないチケットを、よくよく見てみりゃ、確かに01 OCTと言う文字が見える。
「そんぬぁ…」
大ショック。いったいどこでどうして、こんなミスが…。もっと良くチケット見ておけば良かった。でもこんな事があるなんて、想像もしていなかった。あの予定表は、いったい何だったんだ!私達を惑わせるための、旅行会社のワナか?。
「もうジャパン**ツアーズは使わないっ!ケアレスミスが多すぎるよっ!」
実は出発前にも、支払料金のこととかでトラブルがあったのだ。もう大丈夫、と思っていたのが甘かったのだろうか。しかし、いまさらこんな所で憤っていても仕方がない。あっちのカウンターに行きなさい、と言われたままに移動する。カウンターでチケットを見せると、一時間後にもう一度ここに来い、と言う。やれやれ。
拡張工事が終了したスカルノ・ハッタ空港は、広くて立派だ。ぼんやりしていても、けっこう時間はつぶせる。もうこうなったら、じたばたしても仕方がないので、朝ご飯を食べにカフェに行こう。ちょっと(かなり)高いパンケーキセットにチキンとお茶。こんな所なのに、チキンは相変わらず美味しい。ぐっすん。テーブルの上には、オープンしたばかりのガルーダ・インドネシア系列のホテルのディスカウントクーポンが置いてあった。
「クタかぁ…クタとは気が合わないからいらないや」
「ああ、乗るはずだった飛行機が出てゆく…」
こういう時に限って、また悪い事と言う物は重なる。旅行中のために緊張しているせいか、体調が崩れて予定より早くすずはらの生理が始まってしまう。ちゃんと用意はしてあるので、それほどうろたえる事はないけれど、気分は悪いし判断力は鈍るし、邪魔で仕方がない。
長期旅行に出ようと思うと、どうしても考えておかなければならない問題だ。どんなに男女間の差別が撤廃されたとしても、これがある限り男女の不平等感はぬぐえないだろう。何しろ、倦怠感と激痛と睡魔が一か月に必ず一回、同時に襲ってくるんだから。
よろよろ帰ってきたすずはらは、その途中で空港係員を呼び止めて、我々の現状を語っている。説明は通じたらしく、女性係員を呼んでくれた。何ヶ所かを回ってくれた後、どうなったのか良く判らないが、決着がついたようだ。
「TAXが11.000ルピア、え、この手数料で乗せてくれるの?」
「良かった…チケット買い直さなくていいんだー」
「一人60ドル以上かかるかと思ったのに、よかったー」
「さすがガルーダ、ふとっぱら!」
良かった良かった、10時半まで待たずにすんだ。指定された便は、11時かっきりのジョグジャカルタ行きの、メルパティとなった。
それにしても何というミス!旅行会社もひどいが、自分のうかつさが憎い。何とか飛行機には乗れる事にはなったが、すっかり私は意気消沈してしまって元気がない。それに引き換え、狭い機内は何だか大騒ぎだ。ムスリムの家族が子供連れで乗り込んでいるのだが、日本人の子供にも負けないぐらいの大騒ぎ。お父さんの側がいいとか、お母さんと座りたいとか、お姉ちゃんはいじめるから嫌だとか、ひとしきり席変えに時間を費やしていた。
ちょうどお昼の時間に当たっているこの便では、運良くランチサービスがあった。富士山のような山を左手に見ながら、インドネシア・ランチ。チキンカレー味のサモサと春巻き、蒸しパンケーキ2ヶとフルーツ、それに酸っぱいご飯が筒型に固めてある物。一見何も入っていない巻き寿司、海苔無しといった感じ。
「これ、なんだろ」
つまんだのは、ご飯を筒型に固めたものだった。なんだかお寿司みたいな匂いがする。ぱくんと食べたら、まさしく寿司と同じような味がした。ちょっと酸っぱくて甘くて、慣れ寿司の泥臭い感じまでが似ている。すっごい懐かしい味。
「このご飯、変な味」
「お酢…なのか?それとも発酵してるのか?」
「琵琶湖の慣れ寿司みたいだよー」
「それはともかく、こっちの蒸しパンはおいしいよ」
緑色のついた蒸しパンは、ちょっとねっとりしていたけれど、味は良かった。サモサもカレー味がいけたし、気がついたら名前も知らない焼き物もお菓子も全て、たいらげてしまっていた。
ここからほんとにジョグジャカルタ
一時間弱でジョグジャカルタに到着。
アスファルトを敷き詰めただけの、だだっぴろい空港だった。国内線だから、いつもの荷物チェックも無ければ、パスポートチェックも無し。出口近くにはずらりとお宿の客引きが並んでいた。観光地だなぁ。
「リコンファームぅ」
何はなくともリコンファーム。ジョグジャの空港はちっちゃくて、歩きやすい。しばらく人の後ろに並んでリコンファーム。
『どこに泊まってるのか?』
『まだ決めとらんのよ』
『そりゃ困る、どっか決めといてくれ。適当でいいのや』
『それじゃー、ガジャ・ホテル』
『ならえーわ』
インドネシア語で、こんな会話を交わした。リコンファームには、宿泊しているホテルの名前が必要らしい。でも、ずっとそこに居なければならない訳ではないので、今度リコンファームする時はホテルを決めてからにしよう。到着ロビーに戻ってくると、すでにそこはほとんど無人の地と化していた。あれだけいたお客も、すでにどこかへ移動してしまったらしい。まだ開いていたインフォメーションを覗いて、今日のお宿を物色する。
「ホテル?」
ホテルは結構高級な所ばかりだ。一泊五十ドル以下の所は、ほとんど無いようだ。
『もっと安い所はあらへんの?』
『それやと、ゲストハウスになってまうけど、ええんか?』
『ええよ、それで』
ゲストハウスと言っても、ジョグジャカルタの物は、プチホテルと言っても良い物がある。その中で結構良さげに見える(デュタ・ゲストハウス)と言う所を選んだ。
『ついでに観光の予約もせーへん?』
『そうやねぇ…』
インフォメーションの誘いに乗って、ついつい明日の分を予約する事にしてしまった。ボロブドゥール・ブランバナン・市内観光のセット。考えてみたら、すごい強行軍なんだが。どうもインドネシアのインフォメーションは油断がならない。ここで予約したツアーは、どうやら手抜きのツアーだったらしく、その割には高い値段を取られた。どうせ予約するなら、もう少しライバルの店が多い場所のツアーを、ちゃんと見比べてから選択するべきだった。 
観光案内所の側で待っていたタクシーに乗って、ゲストハウスへと向かった。しかし、タクシーの運転手はこれから観光に行かないか、とか明日はどうだ、とかそのホテルは良くないホテルだ、とかやたらにうるさい。
「ノーグッド・デュタゲストハウス。グッドホテル、ガジャマダホテル」
「何だよ、いいよ別に…」
自分で選んだホテルが、良くないホテルだと言われるのは、私にとっては侮辱に近い。何故かと言えば、それはお前の宿の選び方が悪い、選択が誤っている、間違いだ、このとんま、と言われているように思えるからだ。
私が自分で選んだホテルなんだから、ほっといてよ!!と言いたかったが、英語でもインドネシア語でも、思い浮かばなかったので、放っておいた。
むっとしながらも到着したデュタ・ゲストハウスは、どうしてどうしてなかなかグッドなお宿だった。私達が憧れ続けた、こざっぱりとした美しい快適なロスメンである。高級ロスメンらしく、サービスも行き届いている。部屋を見せてもらいたいと言ったら、ガーデンビューからなる部屋を、ぐるりと回って見せてくれた。美しい中庭にはプールがあり、緑がいっぱいのガーデンビューの部屋には小川と池が作られている。池には鯉のような魚がたくさん泳いでいた。
一番高いガーデンビューの部屋でも、一日三十ドル。選んだ部屋はガーデンビューの二階で、見晴らしは最高。そういえば、このゲストハウスのCM写真は、この部屋を窓から写した物だった。ベランダ付きで、部屋には彫刻されたダブルベッドと鏡台が一つづつ。トイレは様式で巨大なバスタブが付いている。
「このバスタブ、溺れそう」
「わーい、洗面台がついてるー」
難点があるとすれば、明かりが少なくてかなり暗いと言う事。私達は二人とも近眼で目が悪いため、光源が暗いと物が良く見えない。
「後でワット数の大きい電球、買ってくるよ。低い球は切れやすいし」
「じゃあ、今のうちに日記つけちゃお」
と、すずはらは毎日かかさずつけている、旅日記を開いた。
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ここですずはら乱入します。この日記というものは、就寝前に時間のゆとりがないと、続かないものだということを実感しました。普段の生活では、寝る寸前まで仕事をしている身なので、この、夜寝て朝起きる。この生活のサイクルが、日記という道楽とも言える創作作業を支えるのだと思いました。え?それはお前が怠け者なだけだって?…ごもっとも。
少しの時間の隙間を見つけて書く日記。いざ、始めたら止まらないんだ、これが。書かないでいると気持ちが悪くて落ちつかない。こうして後々何かの役に立ったりもするし。また、長期の旅行に出る事があったら、その時も日記をつけたいと思う私です。 
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さてと、荷物も降ろして落ちついたし、街でもジャランジャラン(散歩)しに出かけましょうか。
デュタ・ゲストハウスのあるプラウィロタマン通りには、いくつかの高級ロスメンが立ち並んでいるため、足となるベチャの客引きが多い。ベチャと言うのは、自転車の前に二人乗りの座席を付けただけの、自転車タクシーの事である。それでも雨が振れば幌もかけてくれるし、だいいちどこにでも居るのがありがたい。
ベチャの客引きをくぐり抜けて、表通りまで出たらドッカルが居た。動物が大好きなすずはらが狂喜して、どうしてもドッカルに乗りたいそうだ。バリじゃなかなか乗れないからね。待っているのは珍しく2頭だての馬車だ。観光地だからかなぁ。五千ルピアだ、と言うところを三千ルピアまで値切って、乗る。ぽこぽこ馬が走ってかわいい…と、思う間もなく、大量の糞がぼたぼたと道路へ…。
「ひぃ!」
「そうか、馬も猫と一緒で、糞をする時は尻尾は横に退けるのか!」
「そういえば…となりの馬車には、糞受けがついてる」
「道路にある変なシミは、これだったんだなぁ」
馬が道路を走らない日本では、決して知る事ができない様々な謎が、ここで明らかになった。
車やベチャに混じって、ジョグジャカルタの銀座通り、メインストリート、マリオボロ通りへ。噂に聞いたマリオボロは、確かににぎやかなメインストリートだった。左右のアーケードの下には露店がずらりと並び、大きなホテルやデパート、ケンタッキーフライドチキンも揃っている。ケンタはここでもやっぱり柔らかくて美味しい。ジュースも飲んでひと休みするが、他にお客がいないのでちょっと寂しかった。
リッチなホテル、ナトゥール・ガルーダでは、ひと休みをしてトイレを借りる事に成功した。続きのホールでは、何かのコンベンションの準備がされている。インドネシアはちょうど、コンベンションの季節なのだろうか。
まるでお祭の時の屋台のように、アーケードの片側はみやげ物屋でいっぱいだった。洋服やらカバン、木彫りの人形にアクセサリー、プロミスリングに絵や細工ものと、何でもそろっている。
すずはらはここで長袖のシャツを買う。紛失してしまった上着の代わりにするつもりだ。暗い色の派手な模様のバティックが、パッチワークのようになったシャツである。なんだか衿の部分が、紙でも入っているかのようにぱんぱんに張っていて固い。白と黒の貝を張り合わせたバレッタを、おみやげ用に購入する。髪の長い人が多いためか、バレッタは本当に種類が多い。皮の物、ビーズの物、色も様々だ。何といってもここでは交渉がメイン、言い値で買ったらバカを見る。とにかく値切って買う、ちょっと疲れるけど思いのままに値切れた時は、やっぱり快感か。値切りの癖がついた私は、日本の繁華街の外人露店でも、堂々と値切るようになった。実は結構まけてくれるものなのだ。二千円が千五百になるのはザラだ。でもやっぱり値切りはパワーが必要だ。疲れた私達は、そのままマタハリデパートへと入っていった。スーパーマーケットとデパートが合体したような売り場で、すずはらのマニキュアを買うのだ。ハードな毎日で、せっかく伸ばした爪が割れてしまっている。ちっちゃい瓶に入った、透明なのとピンク色のマニキュアを買う。そんなに高くないし、これぐらいなら邪魔にならないはずだ。
ジョグジャ(ヨグヤと発音してもいい)はバリとジャカルタのちょうど中間のような街で、適当に都会で適当に田舎の風情を残した街だ。宮殿もあるから、城下町と言った方が似合うような感じ。ジャカルタではすぐにコリア?とか、タイワン?とか尋ねられたのに、ここではすぐにジャパニーズ?と言われる。何故だろう、ちょっと不思議だった。ジャカルタには住んでいる日本人は多くても、旅行する日本人の女の子は結構珍しいらしい。だが実はジョグジャには、ちょっとした逆玉物語があったらしい。
数年前、ジョグジャの高級ホテル、ナトゥール・ガルーダに泊まった某一流商事会社の重役令嬢は、そのホテルの前で拾ったベチャの運転手と恋に落ち、周囲の反対を物ともせずに乗り切って、ついにその彼と結婚してしまったそうだ!ベチャの運転手と言うのは、いわゆるフリーターのような物で、ちゃんとした職業の一歩手前、と言う扱われ方をしているらしい。それがお嬢様のハートを射止めたと言う事で、当時のマスコミは大騒ぎだったそうだ。それからと言う物の、ホテルの前には第2の逆玉狙いのベチャが大挙して押し寄せている、と言う噂。日本人の女の子と結婚すれば、実家からの援助で冷蔵庫もテレビも買える!と…。でも私達は、そんなお金持ちの実家なんか持ってないもんなー。
帰りはその噂のベチャで、二千ルピアとふっかけられた所を、何とか千まで値切る。本当は五百ぐらいで行ってもらいたい所だが、二人合わせると随分な体重になるし、まぁいいや。はずんだせいか、若いベチャドライバーは、周囲のノロノロベチャを追い抜いて、ハイスピードでゲストハウスまで戻ってくれた。
夕刻の街の中で、イブイブ(おばちゃんたち)がバナナを売っているのが見える。そろそろ夕餉の屋台も店を開きだした。あの牛のマークの屋台は、何を売っているんだろう?
「おなかすいたね…」
食べ物屋台が気になりだしたら、そろそろ食事の時間だ。
ゲストハウスの立つプラウィロタマン通りには、レストランも何件か軒を連ねている。入ってみたのは「PALM.HOUSE」と言うレストラン。後で見たら、ガイドブックに名前が乗っていた。結構綺麗な店だけど、隣にドッカルの待ちあい場所があるのか、時々むっと馬臭い。しかし向かい側のすずはらは、全然気がつかない所を見ると、私の人より三倍効く鼻が反応しているだけかもしれない。鼻の機能が良いのは母親ゆずりの体質だが、人より三倍臭い思いをするだけで、これで得をした記憶がない!もっと人より背が高いとか、体力があるとか、目がいいとかだったら良かったのに。
すずはらはアスパラと蟹のスープ、スペシャルナシゴレン(何がスペシャルかと思ったら、オムライスになっていたのだった)そしてオレンジ・ジュース。私はベジタブル・スープ、ビーフストロガノフにバナナジュース。どちらもなかなか美味しくて、結構量があったのにさっぱり平らげてしまった。
そしてデザートも…!
パームハウススペシャルは、アボガドとチョコシロップの入ったミルクシェイクで、これがもう最高においしい!ジャカルタには残念ながらこういった店を見つける事ができなくて、寂しかった。気楽に入れそうな町のレストランとかもなかったし…。なんだかジャカルタは、油断のできない町だったね、と話し合いながら部屋に戻る。高いホテルでないと、何だか安心できないし、不安が募る。東京とはまた異なる、都会の一面のような気がする。
そして今夜も雨、三日連続だ。

※本日のレート※ \1=RP20.20(EMES MONEY CHANGER) ジョグジャはレートがいい!

憧れのボロブドゥール遺跡

92.10.03

朝から篠つく雨。
「困ったなぁ、これから観光に出かけるのに」
「何だか寒いね、エアコンなんかなくてもいいんじゃない?」
「これだけ気温が低いんなら、ファンで十分だよねー」
早起きをして洗濯をしてみたが、乾くのだろうか。
「ご飯どうしよう、ついてるんだっけー」
「だいじょぶ、インクルーディドよ!」
海外旅行に出かける度に、使える英単語を一つ覚える私は、今回はこの言葉を覚えた。そういえば以前に覚えた言葉と言えば、「ダズント・フラッシュ!」(トイレが壊れたので)に、「ディスイズ○○**スピーキング」(電話をかけた)「サムバディー」(ロビーに誰もいなかった)「ロックアウト!」(鍵を部屋に忘れて閉め出された)「ウッジューライク○○○」とか、本当は学校で覚えたはずの物ばかり。日本の英語教育は、教育にあらず!と、言う事は誰もが知ってるかぁ…。
とりあえずフロントへ、今朝の食事はどうなるのかな、と聞きにいったら、昨日のうちにメモ書きしてお願いするようになっていた。なんだ、早く教えてくれよ。アメリカン・ブレックファストなので、卵の焼き方は好きに注文できるようになっている。目玉焼きが好きなので、それと…パンは焼いてね。ダイニングは、私達のコテージがある中庭の奥にある。オープンタイプの可愛いあずまやで、周囲には池があり、くだんの鯉がたくさん泳いでいる。運ばれてきたのは焼いたライ麦パンと卵料理にフルーツ、そしてお茶。かりかりに焼かれたパンを削って、鯉にふるまった。私は魚に餌をやるのが、大好きだ。
大垣の牛屋川にも、巨大な鯉がいっぱいいたなぁ。黒土と石垣が残る風流な湖岸は、すっかり冷たいコンクリートで固められて、風情もくそも無くなったって言うのに、やっきになって鯉なんか放流する、滑稽で哀れな町。真っ黒なコールタールで塗られた塀も、鈍く光る瓦屋根も、今はもうほとんど見られなくなって、どんどん郊外へと人が去ってゆく過疎の城下町。どんなに駅前が綺麗になったって、あのうら寂しさからは逃れられまい。
ロビーでバリのホテル(このゲストハウスの姉妹店らしい)の情報なんかをメモしていると、ツアーのお迎えが来た。昨日空港のインフォメーションで、明日この人が迎えに行くから、と紹介された兄ちゃんだった。玄関にいたガードマンらしきおじさんに見送られながら出発。ボロブドールまでは、ざっと一時間ぐらいの道のりだった。すずはらはずっと眠っていた。早起きしたからかなぁ。
「まだ雨が降ってる…何だか私達が近寄るのを拒んでるみたいだなぁ」
「そんな事ないよぉ、ちゃんと来れたじゃない」
「でもねぇ、ここに来るまで四年もかかってるんだよ!いつも行きたいねーって言ってたのに」
それでもなんとか、到着した頃には雨は止んだ。駐車場に止まると、おみやげを持った人々がわっと取り囲んでくる。どこの観光地も一緒だ。
入口で入場料を請求される。
「変だな、全部入ってるはずだよ」
「怪しいな」
この辺で、どうもツアーが手抜きらしい事に気付いた。ガイドがついているはずなのに、その辺にたむろっていた学生らしい子を呼び止めて、私達の即席ガイドにしている。いいけどね、ガイドなんかなくても、見て回るだけなら一人ででも出来るし。
「よし、後で入場料は請求してやろう」
インドネシア語がちょっと出来るからと言って、強気である。
ガイドは英語が出来るらしい。彼の英語はちょっと単語がなまっていて、(オーストラリア系のなまりだった)聞き取りづらいが、インドネシア語と併用してもらうと、なんとなく理解できる。 
「コッチニハ、隠レタ基盤ガアリマス」
「アチラガワカラノボリマス」
「今日ハ、大学生ノぶらすばんどノ大会ガアリマス」
どこからとも流れてくる音楽は、スピーカーから流されているBGMではなく、遺跡の裏側にある広場で行われている、コンテストの音楽だった。
ボロブドール遺跡はインドネシアの宝、世界の財産。昨年のインドネシア観光年で、かなり周囲のジャングルに手を入れたのか、噂に聞いていたほど荘厳な感じはしない。大きな公園の中にでん、とおさまった巨大な黒い彫り物のよう。綺麗に刈り込まれた並木の続く先端に、キングスライムがつぶれたような形の遺跡がある。これがボロブドール、インドネシアの仏教遺跡だ。高い石段をいくつもいくつも登って、次第に上の階へと上がってゆく。石段は一つ一つが大きいので、小柄な私達にはとても難儀。大きく足を上げても、なかなか届かない。立ち止まっていると吹きすさぶ風が直接当たってきて、雨の日にはかなり寒い。しかし、ここで日射病になってしまう人は、けっこう多いそうだ。晴れた日の直射日光は、どこにも隠れる場所がないだけに大変だろう。案外天気が悪いのは、幸運だったのかも。
「遺跡、旧跡の見学って、その場所に特に思い入れがない限り、只の見物だよね」
とすずはらは言う。
「ちょっと見てみたい程度の関心だもの、へぇそぉすごーいで、一通り終わっちゃうもの。作った人々の事とか、当時に思い馳せるとかまでは、行かないよ」
そりゃそうなんだけど。でも何だかそれって、もったいない。大勢の人がつめかける場所と言うのは、観光の象徴であり、大勢の人が見てゆく場所なんだから、彼らとは共通の印象を持てるはずだ。海外であれば、その国のエッセンスが凝縮された場所だし、国内であればその県や街が詰め込まれている場所だと思う。私はできれば旧跡や遺跡をたくさん見たい。そして遺跡が見てきた人間達、つまりその遺跡を見に来る人々も、見たい。過去に思いを馳せるばかりが、遺跡見物ではなかろう。
ボロブドールには大勢の観光客が、集まってきている。日本人のグループ、そして台湾からのチャイニーズ、韓国のコリアーも多い。ボロブドールからジョグジャカルタ市内に戻って、王宮見学。ここでドライバーに入場料の事を問うと、あっさり返してくれた。もしかしたら私達が気付かなかったら、こっそりガメル気だったのか?ここからはドライバーが、入場券を買うようになった。 
なんと王宮では、日本語ができるガイド付き。他にも英語はもちろんフランス語、中国語、イタリア語と、各国のバイリンガルのガイドが控えている。さすが、国際的な観光地だけの事はあると、感心してしまった。現在進行形で使われている王宮は、さしずめ皇居といったムード…かと思ったら、もっとくだけていた。あちこちにオランダ風の造りを取り入れて、とても美しい王宮になっている。中央の庭では、ワヤン・ゴレンを上演中だった。平たい影絵人形は、まるで生きているようにスクリーンの向こうで、ガムランの音と共に飛び回る。周囲には観光客ではない、街の人がぼんやりと座って、ワヤンを鑑賞中だった。
広い王宮を行きかうのは、背中にクリス(短剣)をさした、伝統的なスタイルの、ジャワ武者のおじぃちゃんたち。彼らは王宮では常に裸足で、門の側で寝泊まりして王様をお守りしているのだそうだ。今の王様には5人の娘が居て、お后様に良く似た美女の長女はアメリカ留学中、息子がいないので跡を継ぐのは王様の弟だろう、とか…。
王宮の中程には、ガイドブックに乗っていた巨大な麺棒…が展示してあったが、そんなの大嘘!何が果物をすりつぶすための、麺棒だってぇ?中空になっているこれは、非常時に人を呼集するための太鼓、だそうだ。それじゃあ、いったいあのガイドブックのキャプションは何…?だまされたのかな。
すずはらはトイレを借りに、途中でいなくなったが、すごい汚いと言って帰ってきた。観光地のトイレは、総じて汚いものだなぁ。
王宮の見学が終わると、さすがにお腹がすいてきた。どこか食事の出来る場所に連れていって欲しい、とドライバーに言うと、何だかたくさんのバスや車が止まっている場所に連れていかれた。どうやらツアーの客が良く使う、バイキング形式の高級レストランのようだ。外人客のグループが、大勢席についてにぎやかに食事をしている。後で日本人のツアーもやってきた。綺麗で大きなレストランだ。奥には中庭もあって、夜にはちょっとしたショーなんかもあるかもしれない。
「フリーで来たのに、ツアーの飯を食べるのも、何だかなぁ」
「味も普通だ」
「メニュー頼めば良かったかな」
つい面倒なので、メニューを頼まずにバイキングで済ませてしまった。日本人向けに、お仕着せが横行するのは、やはりこの(面倒はごめんだ)と言う気持ちが強いからだろう。
キャッシャーで驚いた。何と!一人がRP10,000!さすがにちょっと目が点になった。おまけにTAXが1割加算される。あの味でこれは、ちょっと高いんじゃない?と思った、トゥンタラ通りのPesta Perak レストランである。
食事の後はプランバナンへ向かった。車が走っている間中、すずはらはまた眠っている。生理中とはいえ、良くもこんなに眠れるもんだ。
三十分ほどで目的地には到着。フジテレビの(パテオ)の撮影現場となって、加瀬大周が土木工事のバイトをしていた所だ。最も大きな塔には足場が組まれ、修復工事の真っ最中。工事が終了するのは、おそらく9年後、と言われている。ボロブドールは世界中から注目されて、世界中で直したけれど、プランバナン遺跡はゆっくりゆっくり、インドネシア人だけの力で、修復されてゆくのだと言う。辺りには地震で崩れたチャンディ(塔)の残骸がごろごろしている。いったいいくつ立っていたのか、見当もつかないほどの量だった。真っ黒な岩がまるで火山岩のように、足の踏み場もないほど投げ出されている。
「ヒンドゥーのお寺にしては、圧迫感がない」
と、すずはらが言う。バリの社からは確かに圧迫感のような物を感じるが、ここはなんだかちょっと空っぽなムード。
「火山の噴火で崩れたときに、神様はどこかへ行ってしまったのかもしれない」
と、すずはら。
「でも神様の像は、ちょっと恐いよ」
真っ暗な祠の中に安置されている、マハグルとガネーシャの像はやはり黒くて大きくて、圧倒されてしまう。
プランバナンにも、日本語ガイドは居た。私達よりちっちゃくて、色黒のガイドは、専門学校で日本語を習ったそうだ。雨が降ったりやんだりなので、その辺で傘を借りてさしていた。しかし、なんかやけに重いぞ、この傘。いや、そう言えば小学生ぐらいの時にさしていた傘は、子供だからとはいえ、すごく重かったような記憶がある。そうか、現在のメイドインジャパンの傘は、改良型ですごく骨が軽くなっているのか。
遺跡の周囲は見渡す限りのたんぼと、畑が広がっている。後は緑のジャングルが続く。もっと天気が良かったら、もっと遠くまで綺麗に見えるのかな。トンチンカンチン、石を削るのみの音だけが響いているプランバナン、日本みたいに大きな音で、演歌やコマーシャルをスピーカーから流したりはしない、静かな観光地。
「あと十年たったら、ちゃんと修復出来ているだろうか…」
「いや、それは謎だね。でももう一度、復元された塔を見に、ここにきたいよね」
「ゆっくりでいいよね、作業は…」
 

ボロブドール入場料 RP550- 
トイレ使用料RP200-  
プランバナン入場料 RP500-